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2009年12月 6日 (日)

06.10 信州上田

信州上田


 06年の秋、信州上田を訪れた。
 朝6時前に家を出て、関越・上信越自動車道と乗り継いで、上田菅平ICを
降りのは9時30分を廻っていた。寄り道しなければ8時過ぎには到着する距
離だが途中朝食を食べたり、休息したりしたためである。

 まず最初に訪れたのは、好きな作家の一人である「池波正太郎」の「真田
太平記館」である。”池波物”はどれを読んでも面白い。この「真田太平記」
も、随分前の事だが、興味深く読んだ記憶がある。僕の年齢なら誰でもそう
だと思うが、”真田物”は子供の頃夢中になったものである。この池波の”真
田物”を大人になって読んで子供の頃とは違った面白さを感じたのは独り僕
のみではなかろう。
 
 ここには「真田太平記」関係以外のものも随分展示されてあり、時間を掛
けて見たい。写真にあるような「風間 寛」さんの挿絵も展示されているし、
色々な工夫がされていて興趣が沸くようにしてある。



 この館を出て10分ほど長野寄りへ歩くと「上田城」がある。ここは、言わ
ずと知れた真田昌幸・信行・幸村が徳川の大軍をやっつけた城である。
いつもそうだが、1/10の人数で相手に勝つとか、小柄なものが大男を投げ
飛ばすなどは、ともかく面白いのである。貧乏人が大金持ちに一泡ふかす
のも痛快である。(これは僕の生い立ちのせいなのかなあ・・・)

 しかし、まあこんな小さな平城で2万~3万もの徳川の大軍を2度も完
膚なきまでに叩きのめしたものである、痛快である。前出の「真田太平記」
を読んでご覧なさい、まだ読んでいない方は・・・。
 

真田井戸、この井戸から裏の太郎山に抜け道があったとか言う。

真田神社

 北櫓の中にこの人形が置かれている。


 さて、城は1時間もあれば十分なので、本日の最大のお目当てである「別
所温泉」に向かった。こ上田からは「上田電鉄」が別所温泉まで走っている。
道路も千曲川を渡ると、ほぼこの線に沿っているので、これを走れば30分
程度で温泉郷に到着する。

「北向観音」, 善光寺は「南向き」に建てられていて、この「北向観音」と両
方に参ってご利益成就だそうだよ。僕は両方お参りした、きっと株も上が
るゴルフも上手くなる・・・。



安楽寺境内の残りアジサイ

ここ安楽寺には国宝の八角三重塔がある。
庭に10mを超える「高野槙」(悠仁親王のお印)があった。


これが八角三重塔。
  

常楽寺、”石造多宝塔”が有名とか。
安楽とか常楽とか、とにかく楽をしたい怠け者の僕にはぴったりの寺々。


 「千と千尋の神隠し」のイメージとなった「柏屋別荘」
この旅館へは一度泊まる価値がある。インターネットで調べてごらんな
さい。

 
松茸御膳の一部ですぞ!

 
 翌日は早く起きて「外湯」(ここには外湯が3軒ある)で朝風呂を浴びた。
朝食を戴いたあと、独鈷山麓の神社・仏閣をめぐった。

 龍光院(塩田北条氏を祭る寺、鎌倉の北条が50年間この地を統治した)


 前山寺は三重塔が有名。

 太平洋戦争で戦死した画学生の遺作が展示されている。(無言館)


 大半が20代の若者達であり素晴らしい才能を持ちながら戦場に散った
彼らを思うと胸が痛む。鹿児島の「知覧」でも特攻隊員の展示を見て同じ
思いにさせられた。
 ただ、こうした遺品や遺作を展示して500~1000円の入館料を取るの
は、如何なものかと思えて来る。平日にも関わらず大勢が入館しており、
余剰金が出たなら遺族に還元すべきではなかろうか?と思った。

 さて、独鈷山麓に別れを告げて、千曲川を渡り、北国街道にある「海野
宿」に向かった。この北国街道は浅間山の麓で中山道と別れて千曲川に
沿って北上し、小諸・海野・上田善光寺へと向かう街道で、武田信玄や金
沢の前田の殿様、善光寺参りの善男男女が通ったものであるとか。


この様名な木戸格子の町並みが600m軒を連ねている。


殆どの家が今も使われているのがすごい事だ。


これで、車が通らねば最高なのだが!

 うだつが上がらないの語源の「卯建」

 信州と言えば、そう、蕎麦ですよね!当然食べましたよ。
蕎麦も旨かったし、松茸も良かったな~・・・。どう、貴方も行ってみませ
んか?



 
 

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