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2008年11月18日 (火)

08.11 関西・九州旅行

08年11月8日から17日まで長距離のドライブ旅行に行って来た。
出発前に車の距離計をゼロにセットしておいて、帰着時に確認したところ
2,441km となっていた。

現在、高速道は午前零時~4時の深夜割引時間に走行すれば距離に関係な
く50%割引だ。

眠い眼をこすりながら4時前に所沢ICに入り→外環道→中央道→名神と乗り
継い で、最初の目的地である奈良・薬師寺に到着したのは12時過ぎであった。

薬師寺では南門をくぐり、中門で睨みを効かす二天王像に迎えられた。

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正面には「竜宮造り」とよばれる荘厳な金堂が威容を誇っている。

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金堂の薬師三尊像で、薬師如来の右が日光菩薩、左が月光菩薩である。
(国宝)

薬師如来は字の如く”薬の仏様”で 病気を救う薬師さんである。心の病も
救ってくださる「医王如来」なのだそうだ。

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西塔は昭和56年に再興された色彩も鮮やかな三重の塔だ。

現在のような金堂、西塔、仲門、回廊、大講堂等が改修されたのは、
故高田好胤氏の尽力がおおきいとか。

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西堂の釈迦成道像

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東塔は白鳳時代の国宝である。

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東塔の釈迦苦行像

『森林に住まう修行者の群に身を投じ、教えを求め、様々な師を訪ね歩きます。
しかし、満足できず、6年間、激しい苦行の生活をおこないます。死にギリギリま
で近づき、断食で皮と骨だけになります。限界まで苦行を極めましたが、苦行で
は悟りは開けませんでした。苦行を捨てることにします。』との説明がある。

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金堂の方から西塔、東塔を眺める。

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薬師寺の鐘楼

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薬師寺から北へ10分ほど歩くと唐招提寺がある。

唐から来た鑑真和尚がこの寺を開いたのだが、なんと5回も航海に失敗し
754年にやっと東大寺に到着した時は失明をしていた。

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南大門をくぐると金堂だ。この鴟尾(しび)は日本最古の瓦のものである。
現在、この金堂は平成21年秋落慶の予定で解体修理されている。

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庭から講堂を望む

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唐招提寺の鐘楼(平安期のもの)

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唐招提寺講堂

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舎利殿(左の建物)

舎利殿とはお釈迦様の遺骨を収めるところで、あちらこちらの寺院にある。当然
インドにもあるだろうが、そんなにも世界中にあるなら大変な遺骨が必要だったろ
う。!キリスト教の教会でも同じ様な事にしばしば遭遇するので、宗教の世界では
普遍的な事象なのだろう・・・。

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芭蕉の句碑。 「若葉して 御目の雫 拭ばや」  

”折りしも初夏、このみずみずしい若葉で、和上の見えない目の涙を、
そっと拭いてあげたい”との意味。失明しながらも日本への渡航を不退転
の決意で実現し、その後、はかり知れない足跡を遺した鑑真大和上の坐
像に接したとき、自然に思慕と情がわきおこり、この句を詠まれたものとい
われています。

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この写真は借り物です。

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艶蕗が古刹の塀沿いに咲いている 。当日は小雨が古刹を濡らしており、
訪づれる人も少ない。

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奈良から大阪までは生駒山を貫く第二阪奈道路で30分で到着する。

その日は宝塚の親戚に泊めてもらって、翌朝3時半に出発した。

宝塚ICでは当然ながら真っ暗である。中国道を暫く走ると山陽道への
分岐があり、そこから海沿いの山陽道をひた走った。岡山を過ぎても、まだ暗い。
尾道辺りで明るくなり、広島では夜が明けた。

安芸の宮島?の大鳥居がこんな処に! 確か海の中ではなかったか?

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実はこれ宮島SAに建てられているのである。
本物は、下の写真の向こうの島の麓に僅かに見える”赤い”のがそれである。

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それからは、ただひたすらに岩国、徳山、防府、小郡と走りに走って
下関に11時前に到着した。

関門橋を渡る直前に壇ノ浦PAがあるのだが、気が付いたときはすで
に橋の上、あわててシャッターを切るもののすでに門司側のトンネル
の直前だった。

車のカーナビには関門海峡が写っている。
門司Pでなんとしても休息し、関門海峡を眺めて見たかったものだ。

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九州自動車道を一気に南下し、広川SAで昼食を摂り、八女ICで降りて
今日の目的地の柳川に到着したのは午後2時頃だった。
ニュー白柳荘という旅館に着いて、そこから柳川の川下りをした。

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柳川は筑後川が有明湾に注ぐ河口に広がった町で、柳川城防御のために
幾重にも張り巡らされた掘割からなっている。

その掘割をめぐるのが「柳川の川下り」観光である。”川下り”と言っても、堀な
ので流れはなく下り上りともどちらでも可能である。

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柳川からは多くの有名人が輩出している。

陣内孝則、 徳永英明 、妻夫木聡 、 廣松渉、大川栄策、 古賀政男 、
内山田 洋、松永伍一、 北原 白秋 ・・・等々。

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阪神の真弓明信監督や小野洋子(ジョンレノンの奥さん)などもいる。

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赤レンガの蔵 

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柳川城塞水門  

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ホテルニュー白柳館の庭 

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翌日、7時半にホテルを出発し、南関ICで九州道に入り鹿児島目指し
て一路南下した。

しかしである、この国道443号線のお粗末さはひどいものだ!歩道も無い
狭い道をダンプカー等の大型車両がブンブン通るが、そこを地元の中学生
だろうが自転車で学校に急いでいるのである。事故が起こるのは必須の
状態だ!ここは古賀誠先生の地元ではないか、行き止まりの利用価値の
無い「誠橋」を作るお金があればせめて歩道や自転車道でも作るべきだ!

道路族のドンは何をご覧になっていらっしゃるのだろうか・・・。
ここは鹿児島に近い山江SAだ。人吉はもうすぐだ。

ここのかえでは赤く燃えていた。

熊本の八代から宮崎のえびのに掛けてはトンネルの連続である。
よくもまあ、と言った山間にトンネルと橋梁で高速道が作られている。

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桜島の眺めが良い桜島SA。

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九州自動車道を終点の鹿児島ICまで行き、そこから南九州自動車道
に乗り換えて、日置市の美山ICで降りた。

ここから西へ3kmほど行くと、そこはもう吹上浜海岸である。
1978年(昭和53年)8月、鹿児島県・吹上浜のキャンプ場
で北朝鮮の工作員に市川修一さんが拉致されたのである。

鹿児島美山の沈寿官窯である。

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司馬遼太郎の小説「故郷忘じがたく候」の舞台である。

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ここは薩摩焼の苗代川(なえしろがわ)の窯である。

秀吉の朝鮮出兵の時、島津義弘が南原城(ナモン)で拉致し薩摩に
連行してきて帰化せしめた約70名の陶工の子孫の窯である。

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薩摩焼の白薩摩は島津家御用以外は焼くことを禁じられ、黒薩摩は世間
にも供せられた。この棚のものは黒薩摩である。

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沈寿官は現在15代であり、連綿として姓名を世襲として継いでいる。

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壺が檻に入れられている。

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美山の通り

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朝鮮の石像か?

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屋根瓦にも、朝鮮風の人形が置かれていた。

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ここで焼き物を購入すると、一定額い以上だと思うが、14代寿官さんが筆で
その焼き物の謂れなどを書いてくれる。我が家も2点購入。

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沈寿官窯の登り窯。

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ここには「大韓民国名誉総領事館」の看板も掛かっている。

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薩摩焼を見た後、鹿児島市内の親戚に少しお邪魔をしてから、
桜島フェリーで鹿屋に向かった。

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錦江湾は水深が深いせいか、自衛隊の潜水艦がなにやら訓練
をしていた。

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桜島フェリーは本数も多く、終日運行をしていて、ラッシュ時には
10分間隔程度で出航する。時間も15分程度で着いてしまう。

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今日は鹿児島から高速船で屋久島に向かう。
午前8時過ぎの高速船乗り場からの桜島だ。

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高速船(ジェットフォイル)は”トッピー”と”ロケット”の2種類があり、
互いに競っているのだそうだ。今回は”ロケット”を選択した。
その船内である。

錦江湾を出て、右手に硫黄島や口永良部島が見えてくると流石に
波が高くなり船体が激しくゆれだした。

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屋久杉である。

この紀元杉は樹齢3,000年と言われている。
安房から40分車で登ると「ヤクスギランド」があり、更に15分ほど
登ったところにこの紀元杉がある。

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宿泊した宮之浦の「ホテル縄文」から「白谷雲水峡」方面を望む。

下界は晴れていても山の上の方は曇って雨の事が多い。

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珍しい早朝の”月の入り”である。

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こちらは”日の出”である。宿の人が朝4時起きで”月の入り”と”
日の出”を見せに連れて行ってくださった。本当に親切である。

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これが「ホテル縄文」。

大正3年に「ウイルソン株」を発見したウイルソン博士が投宿した
ホテルなそうな。

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「白谷雲水峡」は宮之浦から12キロであり、車で約30分である。

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アニメ「もののけ姫」の舞台となった場所だそうで、シダや苔、
原始の自然休養林が繁茂していて幽玄な世界である。

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ここにはいくつもの自然探索コースが用意されていて、脚力に
合わせ選べばよい。

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最短の1時間コースから5時間コースまである。

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シダ類が多い。

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今回は行けなかったが、三本杉、びびんこ杉、三本足杉、奉行杉
などの巨木がある。

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屋久島は山が急峻で、川は極めて短く、トローキの滝のように直接海
に落ちている滝もあり、滝は島中いたるところにある。

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倒木も多く、そのままに放置されている。

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直ぐ隣の種子島は堆積岩からなっていて、屋久島に比べると
平たい島である。

屋久島が1,936mもの九州一の高山を持っているのに対し、種子島
の最高峰はたったの282mに過ぎない。

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屋久島は殆どが海底が隆起した花崗岩から出来ていて、海岸沿いに
僅かに堆積岩があるだけで、このように花崗岩を滑り落ちる川、滝が多い
のだそうです。

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二代杉

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弥生杉

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海亀が産卵にくる永田浜

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永田浜の海岸

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この浜は「ラムサール条約」に登録されている。

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沖の島は「口永良部島」

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大川(おおこ)の滝

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千尋(せんひろ)の滝

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この千尋の滝の傍から「モッチョム岳」登山口がある。

「モッチョム」ていうのは女性器を意味する現地語なんだそうだ、
実におおらかである・・・。

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屋久島をグルッツと一周すると約132kmである。時計回りに回って
大川の滝あたりから永田浜あたりまでは「西部林道」が絶壁に張り付
くように細々と続いている。道が狭くてバスは通行出来ないし、乗用車
でもすれ違うのは難しい。

その道のいたるところに猿がたむろしていて、車が近づいてもどい
てくれない。平然とし毛づくろいなどしている。しかたがないのでクラク
ションを鳴らし、最徐行するしかない。

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屋久島の南海岸の道路沿いには野ボタンが多い。
紫色の大きな茂みもある。

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これらの草花は鹿屋・高牧の「福迫牧場」付近で撮ったものである。

狐茄子(きつねなす)または角茄子(つの茄子)とも言う。
ブラジル原産で、フォックス・フェースと呼ばれている。

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これは烏瓜の実が熟したもので、青いうちはウリ坊と呼ばれ、
猪の子供のような縦縞がある。

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野菊。

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木立ダリアで、大きいものは4~5mもの大きさになる。
10月~12月頃咲きます。

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帰路、鹿児島からはフェリーを利用した。

鹿児島の志布志と大阪南港を結ぶダイヤモンドフェリー
「さんふらわー」号。12,418トン、全長186m、全巾25.5m、
速力23ノット、旅客定員782名とある。

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大きなフェリーだ!
志布志と大阪南港を12時間40分程度で結んでいる。

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荷物の多くは大型トラックとその運転手なのだろう。
船底には大型トラックが所狭しと並んでいた。

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右舷には暮れなずむ大隅半島が横たわっている

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フェリーで目覚め、一風呂浴びてデッキに出て見ると、
もう紀淡海峡であった。

ここまでくると殆ど船は揺れない。
朝もやの中、漁船が勢いよく反対側に通過していった。

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暫く大阪湾に進むと、別のフェリーも大阪港を目指している。
その向こうには関西国際空港が細長く横たわっている。

形状と大阪着の時間から推定すると宮崎-大阪を結ぶ
「宮崎カーフェリー」ではなかろうか?

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東名阪の四日市JCTから東名の豊田JCTまでは伊勢湾
自動車道である。

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この自動車道は木曽三川(木曽、長良、揖斐)の河口を
横切っており、凄い橋が架かっている。

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横浜のベイブリッジや東京のレイボウブリッジと遜色ないものだ。

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新名神高速の土山SAを出てから150kmも走っただろうか、
東名を通る時は必ず立ち寄る浜名湖SAで小休止と昼ご飯を食べた。

土山からここまでは妻にハンドルを預けた。慎重な運転なのだが、
追い越しやブレーキングのタイミングが危なかしくて、眠る気にはな
らない。でも楽である。

下はSAから舘山寺温泉方面を眺めた写真である。

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運転しながら撮ると下の絵となります。かすかに正面に富士が
見えます。でもこれは危ないですから、車を停めてからにしましょう。
時速100kmで片手運転ですから!

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東名高速を名古屋方面から走ってきて、清水ICを過ぎてトンネル
を幾つかくぐり、最後に蒲原トンネルを抜けると眼前に富士山が秀麗
な姿を現す。

日本人なら誰しも、勿論日本人でなくてもだろうが、感嘆の声をあげる
光景である。静岡辺りから、もう見えるのでは?と目を凝らしつつ走って
くるのだが、なかなか姿を露わさないのである。

一説には、冬の良く晴れた日に、三重県だか、奈良県のある場所から
富士が遠望されるらしい。証拠の写真もあるとか言う。

下の写真は、富士川サービスエリアから撮ったものです。

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大阪の南港から阪神高速に入って宝塚を目指したのだが、阪神高速
は構造がおかしい。豊中方面に行きたいのに、環状線に入ってグルット一
周してこなければならないのだ。なぜ左折が出来ない分岐点があるのだろう?
用地が無かったのかな、でも中ノ島では朝日新聞ビルのど真ん中を通過したり
してたりしているのだが・・・。関西合理主義が生かされていないのでは?

 

宝塚を9時半頃出て、自宅に帰りついたのは5時頃であった。
今、第二東名が建設されているが、現在の東名は2車線しかなく飽和状態
である。いづれ新名神高速とドッキングするのであろうが、第二東名の設計
速度は120kmだそうだ。そうなれば東京-大阪間は4時間強で行く事が出
来るだろう。

それにしても、日本のトンネル、橋梁技術はたいしたものだ。今回の長距離
ドライブで最も感動したのはこの事であった。

今度は、東・北日本のドライブでも行こうかしらん!

    <終わり>

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